日勤教育

JRの日勤教育の実態について、報道がされ始めました。
4/25の列車事故と、4/27のJR西日本社員の記事で書きましたが、現場へのプレッシャーは非常に高いことを、以前から聞いていました。
現状の報道姿勢は、好きではありませんが、運転士の糾弾のような雰囲気が若干収まったようで、少し安心しました。

今回の事故で、運転士が生き残ったとして、やはり刑事告訴は避けられなかったとは思います。しかし、個人を追及しても、問題は全く解決しません。それよりは、経営者が安全を軽視する、いや安全はデフォルトで付いてくるといった考え方を変えなければ、根本的な解決には至りません。
多くの方が亡くなられ、大きすぎる代償となりましたが、信楽高原鉄道事故や救急隊員死傷事故などでも変われなかった体質が、これを機に変わることを期待します。

ところで、速い、正確、のJRが、早くも瓦解しそうになっています。今日だけでも、数分単位の遅延が数多く発生しました。中には10分以上遅れた列車もあったようです。回復運転もありません。わかりやすい結果です。さすがに日勤教育は無いでしょうが。
以前、新快速で運転席の後ろからかぶりつき状態で前を見ているとき、本線から分岐して芦屋駅に入らなければならないのに、寸前まで130km/hで走ってしまい、非常ブレーキをかけてしまいました。非常ブレーキをかけると、停車するまで解除されず、運転再開も運転指令の指示が必要です。そのときの若い運転手の焦り方と言えば、相当なものでした。結局、豪速で回復運転をしましたが、4分程度の遅れで姫路に到着する結果となりました。この後、魔の日勤教育が待ち受けていることは、想像に硬くありません。車掌は、ずっと遅れを謝っていました。
そのとき、私は「なぜ遅れるんだ」と思っていました。こういう客の要求のために、無理なダイヤが組まれてしまうのかもしれないと考えてしまいます。今まで数分遅れでイライラしていましたが、「少しは待てる余裕が持てたかも?」と、ふと思いました。

ところで、社長が「社員への教育や指導を再徹底する」と言っていました。日勤教育のことでしょうか。
これは、ブラックユーモアのつもりなのか、とても怖いです。
今まで、管理職社員や総合職社員が、列車に匿名で乗車し、乗務員を監視することもあると聞きました。乗客からのクレームは、有無を言わさず、現場の職員の責任になるとも聞きます。
監視・密告と再教育。主語を抜いて話をしたとすれば、北朝鮮の話をしているのかとも思ってしまいます。
精神論で安全は担保できません。

昔は、駅員や運転士・車掌・・が、とても怖かった印象があります。置石をしなかったと言えばうそになりますし、追い掛け回されたこともありました。キセルして、こっぴどく怒られたこともあります。しかし、駅に遊びに行って、列車の話を延々聞かせてもらったり、一筆書き乗車を使い60円で出来る小旅行の仕方を教えてもらったりしたものです。それは、10年過ごした奈良の大和小泉駅でのことでしたが、十数年ぶりに訪れると橋上駅舎で自動改札。きれいな駅でしたが、人の雰囲気を感じない殺風景な駅となっていました。駅員は目を合わすことも無く、延々「ありがとうございます」を繰り返しています。
その昔、JRに変わった日に、大和小泉駅に行きました。オレンジカード要らないかといわれ買いました。列車も変わり、子供心に「新しくなったな」と感じることが出来ましたが、もう駅員としゃべることは無くなりました。

もちろん、国鉄のときは、緩みが収益性やサービスの低下を招きました。いまは、余裕がなくなりました。別にJR以外もそうです。最初は支離滅裂なような気がした、遺族の方(弁護士をやられている方)が仰ってたことが、今となって少しわかるような気がします。
JRになったとき、運転士がハートインの店員となり、生意気そうな兄ちゃんから難癖付けられて、ひたすら頭を下げている姿を見て、サービスとは何かと言うことを理解できなかった事を思い出します。

今の南谷会長は、JR化のころからこういったことを先陣切ってやってこられた方です。
社長と共に何万人の職員のトップに立つ人として、運輸業とは何か、サービスとは何か、良く考えた方がいいでしょう。もちろん、JRには亡霊のような労働組合が存続しているのも有名な話で、何らかの引き締めも重要です。しかし、全ての要素のバランスを取り、株主へ安定した還元を行うことが経営者に課せられたものです。今回のように、結局株主価値を毀損するようだと、バランスが取れていなかったということなのでしょう。

経営陣も日勤教育を受け、レポートを書き上げてみればいかがでしょう?
関経連副会長続投を発表し、ほとぼりが冷めるのを待つような人は。